2008/5/7
天晴れ! この記事は週3回(地区によっては週1回)郵送でお届けする企業情報紙「東経情報」から抜粋したものです。東経情報についてはこちら>>>
平成20年3月、佐賀県内にあるトップクラスの建設会社が工事の受注を辞め、創業60年の歴史に幕を閉じようとしている。 昨年の夏頃、その会社の社長から「公共工事は冷え込んでいるし、この先増加する事はない。入札制度も様変わりし、このまま行けば蓄えを食い潰すのは目に見えている。会社を辞めようと思っている」と話を聞いていた。年商10億円、無借金で内部留保も豊富、数十名の社員を置き、すべて自社施工で展開してきた文字通り名門中の名門。「勿体ない。社員の方も路頭に迷うだろうし、他所に売ろうと思えば買い手は直ぐ見つかりますよ」と話をしたが、「うちの会社名を他の人に名乗らせたくないし、親父が築いた会社だから、息子の私がきちんと閉じるのが筋だろう」と話していた。 そして、3月末従業員の大半を解雇し、廃業の道を選択した。 しかし、廃業とはいえ、おかしな事に「潰れた。倒産した」という声が少しも耳に入ってこない。通常なら、解雇された従業員が「うちの会社は潰れたよ」と愚痴を零し、 「あの会社は倒産したのではないか?」という問い合わせが殺到する。 「従業員にはこれまで頑張って当社を支えてくれた。今があるのは全て従業員のおかげというのが社長の考えです。そのような中で、我々のせいで従業員を路頭に迷わせる事になる。そこで感謝の気持ちを込めて従業員1人ひとりに年収の約2倍の退職金を支払いました」との回答が取締役から返ってきた。 簡単に自己破産を選択する経営者が多く、廃業したとしても従業員に1,000万クラスの退職金を支払う建設会社は聞いた事がない。廃業を決めてからは社長自らが従業員の就職斡旋をし、中小企業では考えられない額の退職金を支払う。4月に入り、退職金の振込み日には従業員が1人残らず社長の携帯に涙声で感謝の電話をかけてきたという。中々真似はできない幕の閉じ方ではないか。 取締役から手紙を頂いた。少し紹介してみる。 「父亡き後、頑張ってきましたが時代の変化には勝てませんでした。創業60年という年月は現社長も生まれていませんでした。驚くべき年数です。両親が頑張っている姿を見て育った私達。残業と言って3時頃から握り飯を手を赤くして握り、パンをいくつも買い集め、カップヌードルが出たら大きなやかんにお湯を入れ現場を回った事、仕事が無い時は採石場に連れて行かれ、人手が足りないと旗振りに駆り出され、何でもさせられました。あちこちの道路、橋、山に行くと父に弁当を持って行った事、事故があった場所等思い出が一杯です。父が生きていたら今回の件どう言うでしょう。引き継いだ社長が頑張ってくれましたから、きっと許してくれるでしょう。そして社長の我侭についてきてくれた皆様に感謝します。これからも見守ってください(中省略)」 企業30年で御の字といわれる昨今、倍の60年生きてきた。例え時代の流れとはいえ、苦渋の選択をした社長の潔さ。 そして、従業員全てが会社に感謝して幕を閉じる、なんと素晴らしい事だろう。 天晴れ!以外の言葉が見つからない。
|