08年度内にも年間生産台数150万台達成 設計・開発拠点の設置で新しい段階へ4
なぜ一大生産拠点になったのか
九州が、世界的な自動車の生産拠点になった要因は、人材供給をはじめとするヒト、工業団地をはじめ道路、港湾などのインフラ、自動車生産の基本となるモノづくり文化、そして進出を検討していた企業自身による経営判断にもとづくものと見ることができる。
自動車産業は、多くの人手を必要とする労働集約型の業態である。トヨタの本拠地の愛知県などでは、求人数が求職者数を大きく上回る、いわゆる「人手不足」の状況にある。これに対し北部九州は、労働力に余裕があり、特に若い働き手を確保しやすい地域。このことが、自動車メーカーが新たな進出地を選ぶ上で大きな要因になった。
福岡県を例にとると、32の大学があり、そのうち理工系学部を有する大学は13にのぼり、理工系の国立大学生数は東京に次いで全国2位だ。また、福岡県内には3つの国立工業専門学校、23の工業系高校があり、毎年多くの若い人材を供給することが可能だ。
東海地方を本拠地とするトヨタ自動車の場合、全従業員の2割から3割が九州出身者で占められているといわれる。事実、トヨタが91年秋、トヨタ九州への転籍希望者を募ったところ、2200人の九州出身者が応じた。この中から選ばれた約700人が赴任、宮田工場の生産を立ち上げていく上で大きな戦力になったという。
歴史的にみても北部九州には鉄鋼に始まるモノづくり文化があったことも大きい。日産自動車のルーツも九州だった。日産コンツェルンを築いた鮎川義介が北九州に創業した戸畑鋳物(現日立金属)が1933年、ダット自動車を吸収、その後、日本産業との共同出資で自動車製造という会社を設立、翌年に日産自動車と改称した。いわば日産の北部九州進出は「里帰り」ともいえるだろう。
もともと4大工業地帯のひとつだった北九州には独自の技術をもとに業界のトップシェアを持つ企業も多い。自動車産業でも多数採用されている産業用ロボットの大手メーカーである安川電機、住宅設備機器のT0T0などが本社工場を構えており、このような大手メーカーとの取引関係を通じて、独自の技術を培ってきた中小企業が数多く存在することの意味も大きい。



谷 重男●たに・しげお